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オバマ大統領の声明全文

オバマ大統領の声明全文
 オバマ米大統領が27日の広島訪問で発表した声明の読売新聞による和訳は次の通り。
          ◇
 71年前の快晴の朝、空から死が降ってきて、世界は変わってしまった。閃光(せんこう)と火の塊が街を破壊し、人類が自らを滅ぼす手段を手にしたことを見せつけた。
 我々はなぜこの地、広島に来たのか。それほど遠くない過去に解き放たれた恐ろしい力について思いをはせるためであり、10万人を超える日本の男性、女性、子どもたち、多くの朝鮮半島出身者、捕虜になっていた米国人を含めた犠牲者を追悼するために来た。
 彼らの魂は私たちに語りかけている。もっと内面を見て、我々が何者か、我々がどうあるべきかを振り返るように、と。
 戦争は広島だけに特別なものではない。多くの遺跡は、人類が初期の頃から、暴力的な紛争を行っていたことを示している。
 私たちの遠い祖先たちは、石から作った刃物や木から作ったヤリを狩猟の道具としてだけでなく、同じ人類に対して使うことを学んだ。
 どの大陸の文明の歴史も戦争で満ちあふれている。食糧の欠乏や金に飢えて行われたり、国家主義の熱や宗教的な情熱で戦争に駆り立てられたりしたこともあった。帝国が台頭し、衰退した。人々は奴隷になり、そして解放された。それぞれの節目で、多くの無辜(むこ)の人々が苦しんだが、数え切れない犠牲者の名前は、時とともに忘れられた。
 広島と長崎に残酷な結末をもたらした世界大戦は、世界の中で最も裕福で力のある国々の間で争われた。
 こうした国々の文明は世界の偉大な都市や素晴らしい芸術を生み出した。思想家は正義と調和と真実という思想を発展させた。だが戦争は、原始の時代と同様、紛争をもたらす支配欲や征服欲から生まれてきた。古くからのこのパターンが、制約を受けることなく新たな能力によって増幅された。
 ほんの数年の間に、私たちと何ら変わりない6000万人もの男女や子どもたちが、撃たれ、殴られ、行進させられ、爆撃され、捕らわれ、飢えさせられ、毒ガスで殺された。世界中にこの戦争を記録した場所がたくさんある。慰霊碑は勇気や英雄的な物語を伝え、墓標と空っぽの収容所は、言語に絶する悪行をこだまさせる。
 しかし、この空に広がったキノコ雲の姿は、我々にはっきりと人間性の中にある矛盾を想起させる。我々の考えや創造力、言語、道具を作る力といった、人類が自然とは違うことを示してくれる能力が、我々に不相応な破壊力も与えている。
 物質的な進歩や社会的な向上が、私たちにどれだけこの事実を見失わせただろうか。すべての偉大な宗教は愛と平和と正義への道を約束する。それでも、どんな宗教にも、信仰ゆえに人を殺すことが許されると主張する信者がいる。
 国家は、犠牲と協力のもとに国民を結束させる話をしながら勃興し、注目に値する功績を成し遂げることもあるが、これらはしばしば、自分たちと異なる人々に対する抑圧や人間性を奪うものとしても使われる。
 ◆1945年8月6日の記憶は消えない◆
 科学によって我々は、海を越えて交流し、雲の上を飛び、病気を治し、宇宙を理解することができる。しかし、こうした同じ発見が、より効率的な殺人マシンに変わってしまうこともある。
 現代の戦争は、我々にこの真実を伝える。広島がこの真実を伝えている。
 人間社会の進歩を伴わない科学技術の発展は我々の破滅をもたらしかねない。原子の分裂に導いた科学の革命は、道徳的な革命も求めている。
 それこそが我々がここに来た理由だ。
 我々はこの街の中心に立ち、爆弾が落ちてきた瞬間に思いをはせずにはいられない。我々は、目にしたもので混乱していた子供たちの恐怖を感じずにはいられない。我々は静かな泣き声に耳を傾けている。我々は、あの悲惨な戦争、それ以前に起きた戦争、今後起こりうる戦争で命を落とした全ての無辜の人々に思いをはせる。
 そうした苦しみを言葉で言い表すことは出来ないが、我々は、歴史を直視し、こうした苦しみが再び起きないように自問する責任を共有している。
 いつの日か、証言する「ヒバクシャ」の声は失われていくことだろう。しかし、1945年8月6日のあの朝の記憶は、決して消えることはない。その記憶により、我々は現状に満足してしまうことに対して戦うことが出来る。我々の道徳的な想像力をかき立てる。変化をもたらす。
 そして、その運命的な日から、我々は希望を与える選択を行ってきた。
 米国と日本は同盟というだけでなく、友情を築いてきた。我々は戦争で得られるものより、はるかに多くのものを勝ち取った。
 欧州の国々は連合を築き、戦場を貿易と民主主義の同盟に変えた。抑圧されていた人々や国々は、解放を勝ち取った。
 国際社会は戦争を回避し、核兵器を制限し、減らし、廃絶する制度や条約を創設した。依然、国家間の侵略行為やテロ行為、政治的腐敗、残虐行為や圧政はこの世界に存在しており、我々の仕事が決して終わっていないことを示している。
 我々は、悪を働く人間の能力をなくすことは出来ないかもしれないので、国家や同盟は自らを守る手段を持つべきだ。だが、我々のように核の備蓄を持つ国々の間で、核兵器が完全に廃絶される世界を求め、恐怖の論理から脱却する勇気を持たなければならない。
 我々は、私が生きている間にこの目標を実現させることはできないかもしれない。
 根気強い努力は破局の可能性を減らすことができる。我々は(核兵器の)備蓄の破棄につながる道筋を描くことが出来る。我々は、新たな拡散を止め、死をもたらす物質が狂信者の手にわたらないようにすることができる。
 それでも、まだ、十分ではない。
 私たちが住む今日のこの世界では、粗末なライフルやたる爆弾が、暴力をさらにひどい規模にしかねない。我々は、外交を通じて紛争を防ぐため、始まってしまった紛争を終わらせるため、戦争そのものに対する考え方を変えなければならない。暴力的な競争ではなく平和的な協力によって我々の相互依存を深化させる。破壊能力ではなく、我々が築いてきたものによって我々の国を位置づける。
 おそらく何より、我々は人類の一員としての互いのつながりを考え直さなければならない。
 これが、我々の(人間としての)種をほかにないものにしている。我々は過去の誤りを繰り返すように遺伝子に組み込まれているわけではない。
 ◆我々は学び、選択することができる◆
 我々は学ぶことができる。
 我々は選択することができる。
 我々は子供たちに異なる物語を伝えることができる。共通の人間性を語り、戦争が起きる可能性を低減し、残酷な行いを容易に受け入れないという物語だ。
 我々はそれらの物語を「ヒバクシャ」に見ている。ある女性は原爆を落とした飛行機のパイロットを許した。彼女は本当に憎んでいるのは戦争そのものだと気づいたからだ。ある男性は、ここで犠牲となった米国人の家族を捜し出した。彼にとって、米国の犠牲も日本の犠牲も同じだと信じていたからだ。
 私の国の物語は、シンプルな言葉で始まった。「全ての人間は生まれながらにして平等であり、創造主によって、生命、自由と幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられている」(米独立宣言)。その理想の実現は、米国の中でも、米国民の間でも容易だったことはない。しかし、その物語に対して正直であろうと努力する価値がある。
 それは、懸命に努力するための理想だ。大陸や海を越えて広がる理想だ。全ての人に不可欠の価値だ。全ての命は貴重であるという主張だ。我々は人類という一つの家族を構成しているという根源的で不可欠な考え方だ。
 それが、我々が伝えなくてはならない物語だ。
 これが、我々が広島を訪れる理由だ。
 だから、愛する人のことを考えることができるだろう。朝に我々の子供が見せる最初の笑顔。キッチンテーブル越しの配偶者の優しいふれ合い。親からの優しい抱擁。我々はそうしたことを考えることができ、71年前の広島で、同様の貴重な時間が営まれていたと知っている。
 亡くなった人々は、私たちと同じような人々だった。ふつうの人はこうした考えが理解できると思う。
 彼らはもう戦争は望んでいない。科学の奇跡を、命を奪うためではなく、暮らしをよりよいものとするために使ってほしいと考えている。
 国家の選択や、指導者の選択が、この単純な英知を反映した時、広島の教訓が生かされたということだ。
 世界はここ(広島)で一変した。しかし今日、この街の子供たちは、平和な日々を歩むだろう。
 それはなんと貴重なことか。
 それは守るに値することで、全ての子供たちへ広げていく価値がある。
 それは我々が選択できる未来だ。広島と長崎は、核戦争の夜明けとしてではなく、我々の道義的な目覚めの始まりとして知られなければならない。

G-mail パスワード

非常にたくさんのIDとパスワードが漏れたらしい。

ということで、変更した。

という、ただたんのそれだけのこと

サッカー

レスターが優勝!
おめでとう。
考えられない事が起こるのが、世界のスポーツ。
だれもが、そうなろうと頑張るから、みていてもおもしろい。
東洋の小さな国の小さなこびとが、TVでなにか叫んだらしいが。
日曜朝のその番組は、小さなこびとがが出てくる直前までみているが、そのシーンになるとチャンネルを変える。
黒々とした関係者が多いと、そのスポーツ自体も嫌いになってくる。
無関係な小さなこびとには、是非「謹んで」もらいたいものだ。

「星を継ぐもの」

「星を継ぐもの」James Patrick Hogan
1回目を読んだのは、もう30年くらい前になるだろうか?
最近は、お気に入りの小説を、再度読んでいるけど、新たな発見だらけである。
「2001年宇宙の旅」同様、私の科学知識の根底をなす本だが、これを孫たちに残したい。
といことで、kindle 本の収集にもなっている。
読んでくれるかどうか不明だが、読める環境だけは作ってあげたい。
星を継ぐもの - Wikipedia
『星を継ぐもの』(ほしをつぐもの、原題:Inherit the Stars)は、ジェイムズ・P・ホーガンによるSF小説。1977年に上梓されたホーガンのデビュー作である。日本では1981年第12回星雲賞海外長編賞を受賞している。
JA.WIKIPEDIA.ORG

久しぶり

もどってきたけど、今は書くこともなし

消費税駆け込みイベント


3月中に購入しておくっていう「あれ」
実は、私も参加してしまいました。
買えたとも書けるし、替えたとも書くのかな?
ランクルプラドからアクアです。

車検時に冗談交じりに交換なら考える、といった一言が災い?をもたらし。
(でも心は、燃費の事を考えた始めた昨年あたりから・・・)

本来、燃費の事を考えるならランクルなどに乗らなければ良いのだけれども。
私のここ30年の車歴は、テラノ、エスティマ、ランクルプラドと、広さを求めた結果、ガソリン1Lで7kmも走れば上出来な車。
でも、最近の月間3万円のガソリン代はやはりこたえる。
仕事、買い物、移動など車がないと何も出来ない場所に住んでるし。

などと、言いながら。
最初はやはり、小さい・・・かったけど、もう二日目にして慣れてしまった。
ランクルプラドから乗り換えればどうしたって、狭いのはわかっていたけど。
でも、燃費の良さには驚きました。
昨日から今日まで、アクアに約300kmほど乗りました。
ガソリン表示は、まだ3割しか使っていない事を表しています。
となると、一回の給油で1000kmも走るのか?
そこまではないだろうと思うけど、プラドと比較すると約4倍、約1/4のガソリン代。

二日間乗った感じでは
コーナーリングが非常にスムース・・・過去の4WD車と比較・・・だ。
これは、車軸の上に、前側は、エンジン。
後ろ側には、バッテリーが積載されているからだろうと。
若い頃乗ったカローラ1600GTみたいな感じ(その感じも、もう忘れているけど)

なにはともあれ、エンジンスタートは、ブレーキを踏んで、丸いボタンを押して・・・って、まるでパソコンみたいな感じ。
車はコンピュータのかたまりだから、そんなものか。

という、えいぷりるふーるな一日でした。

富士山








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no title








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Raspberry Pi.








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タイカブ

そうか、カブって、こういう乗り物だったのか。
と、感心することしばし。

ノークラ(懐かしい言葉だな)のバイクって、初めて乗ったけど、シフトショックや、エンジンブレーキもなれれば、それなり。

ただ、困ったのはガソリンタンクが3L。
うっかりしていると、ガス欠になりそう。

でも、世界の名車たる所以を少し感じた。


タイカブとは、タイで生産されているカブのこと。
エンジンが100CCのため、それなりに走りも良い。

普段、大きなバイクにのっていると、まるで自転車のよう。
でも、とことこ走り回るには、
仕事には丁度良いかも。

だから、たくさん使われているんだなぁ。

akb 徘徊 ちゆう








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紀伊半島一周ツーリング

予定していた仕事がキャンセルになり、さてさて、どうしたものか?なんて、ふつーなら考えそうだけど、ばかな私、最初に天気予報を調べるという「快挙」をしてみた。
けど、そんなの快挙でも何でもない。ただ単に天気であることを願っただけ。
ということで、紀伊半島一周をしてきました。

途中では、関西さんとネットやら、他いろんなお話をすることが出来たのが、もっとも良かったことかも。
関西さん、ご多忙の所、時間をいただきありがとうございました。
教えていただいたコースやら、食事処、全部満足でした。
次回は、おくとろでキャンプをしたいです。

ということで、
初冬、紀伊半島一周ツーリング、終了です。

もう終わり。
楽しい事ってすぐ終わるって言うし。

それでも、関西地方の運転マナーの良さには感心関心。
特に奈良県(私が通ったところは)、非常に良い感じでした。

まぁ普段戦場みたいな所を走っているからかもしれない。
家に帰ってきて、ばあさんつれて、買い物に行ったそんなときでさえ、早速、ここは戦場か?と・・・

おばさん(の運転する車)
そこは、止まってなきゃだめでしょう!!!

と、感嘆符がたくさん着くほどの危険行為を、へーきでする県民性。
個別の問題ではないでしょう、なぜなら、つい今し方、約1、300km走って来て、危険な行為はほとんどみなかったのに、家からたった2kmで、あんな危険行為に遭遇するって、相当変じゃない?

そんな戦場だから、他県に行くと安心していられるのかも。
(人の振り見て、我が身をなおそう・・・と)

気温差20度もあったから、紀伊半島は暖かかったです。
宿は、潮岬先端にある民宿でした。
灯台まで歩いて5分。そんな場所。

そして、もう一つの収穫。
日本とトルコの友好の証をこの目で見ることが出来たこと。
これをこの目で見るのが「目的」であった。
私が書くより、わかりやすい。

     ここ   ここ




お・わ・り





BMW MOTORRAD DAYS 2013 in HAKUBA








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利尻富士








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なう








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今日 のねぐら








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d

20400
111

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夏だねぇ








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しびれ湖


漢字だと四尾連湖と書きます






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北紀行・・・将来の夢


今年も、
あの、広大な大地を

「自転車ならともかく、歩いている人と、リアカーを引いている人」を見かけた。

でも、今年の私の心境は、「おどろき」よりむしろ「あこがれ」に変化していることに気づいた。

いつか私も、あの広大な大地を歩いてみたい。
でも
歩くのはきっと無理がある。
なら
「エンジンなしのバイク」ではどうかな。

と、最近考え始めたのか、否か。

あと数年後(細かいいみでなくて)老後に入った時点で

もし、私が一人のこったら「それをしてみたい」

きっと、きついだろうな。
あの坂をみると、いやになるだろうな。
寝る所はどうするんだろ。
天気は。
などなど、解らないことだらけ。
でも、環境的にもしそうなったら、「エンジンなしのバイクで、彼の地を少しは走ってみたい」

などと・・・最近は、夢うつつ

北紀行おまけ


バイク旅って、知らない人には想像が着かないでしょう。
仕方ないですよね、したことがないので。

なぜ私はバイク旅をするのでしょう。
それは、バイクに乗っている時間が楽しいからです。
あの人の音楽を聴いているときと同じです。
それが同時にできるんですから極楽です。

ちなみに、今のバイクにはカーステが付いてます。
といっても、車みたいなものでありません。
USB端子にMP3データが入ったUSBメモリを挿入しておけば、手元のスイッチで音楽を操作出来ます。
音楽は、ハンドル付近にあるスピーカーから流れます。
そして、スクリーンの効用と相まって、時速120km位までは、ヘルメットの中のスピーカーから音楽が流れてきているように聞こえる設定がなされているそうです。
信号など、バイクのスピードが下がると、スピーカーから流れる音楽の音量が小さくなります。

私のMP3データは、あの人の音楽のみ。
ヘビーローテーションならず、オンリーローテーションです。

さて、今回のバイク旅でも、それなりの人数の人たちと出会いを楽しんで来ました。
毎年おせわになっているとほ宿の方。
一年に一度ですが、バイクディーラーの方。
キャンプ場で、一緒に夕食をとった方。
フェリーで長い時間、自分のツーリングコースや出来事を話し合った方。 等々。
なかには、ハーレー乗りの女性もいらっしゃいました。

終わってしまえば、それで終わりですが、バイク旅って、いろんな人と話をする機会が自然とたくさんある旅です。
足寄の道の駅では、岡山からのドライブの方に声を掛けていただきました。

ライディング中は、誰と話すわけでもありませので、人と接する場所では、良く話をするのが、ライダーなのかもしれませんね。
無線機もセットして行きましたが、使いませんでした。
携帯電話が出る前は、大勢の方が無線を楽しんでいましたが、いまでは、バイク乗りのグループの人たちが使っているくらいでしょうか。
日本の通信や、コンピュータの進歩に大きな役割を果たした「趣味」ですが残念です。

天候に左右され
いざ事故に遭うと、まさに命を失いかねない
そんな乗り物になぜ私は乗るのでしょう。
なぜ、多くの人はそんな、危険といわれている乗り物に乗るのでしょう。

最近道の駅の休日など、大型バイクが増えています。
でも、ヘルメットをとると、多くの人は、私と同年代かそれ以上の方。
明らかに若いと判断できるのは「バイクに乗っている女性」

時と共に、バイクの使い方が変化しているんでしょうけど、

まだまだ止められない、バイク。
いつになったら、あきらめが付くんでしょうか。

北紀行その8


バイクに興味のない方はスルーして下さい。

現在のバイクは、BMW2代目です。
初代は、売り出されているバイクの目標ともいえる「BMW R1200GS]というモデルでした。

これが発売された時期と時をほぼ同じくして、スターウォーズで有名な、ユアンマクレガーとチャーリーブアマンが、ヨーロッパからアジア、ロシアを経由してニューヨークまでバイクで走るという Long way round を達成しました。
このビデオを見ると、私も旅にでたくなりますが、彼らの偉業はバイクの世界に驚異をもたらしました。

http://www.longwayround.com/index.htm

余談ですが

当初、かれらはKTMというメーカーのバイクを使いたかったようです。
ところがKTMという会社のコンサルタントが、彼らが目的としている冒険は「絶対に成功しない」という判断をしたために、かれらの冒険のスポンサーを断りました。

かれらは、KTM意外にもBMWにスポンサーを要請していましたので、こちらは無事契約がなされました。
そして、あの「大成功」があったわけです。

偉業とか大成功と書いていますが、日本の「ほぼ完全に舗装された道をつかっている私たちには想像も絶するシーンがたくさんあったそうです」
それは私もDVDで見ましたが、よくこんな状況で達成したな。というのが本音です。
それ以前からもBMWのバイクは、世界で評価されていましたが、彼らの偉業以来、バイクメーカーが目指す目標とさえなりました。

バイクに乗り始めた当初、そんなこととはつゆ知らずでしたが、愛車への興味と愛着から、いろんなことがわかり始めます。

さらに余談ですが、
彼らは、やはりバイクでの旅に魅せられていました。
第二弾として Long way down というスコットランドからケープタウンを目指すというものです。
もちろんこれも、成功させました。

さて、BMWのバイクに乗って初めて解ったことですが
1 「疲れにくい」
2 「壊れにくい」
3 「乗りたくなる」
が、私が感じたことです。

もう二十数年前になりますが、国産のバイクを何台か乗りました。
そのころは、バイク排除の機運が、世界で最高のバイクをつくるこの国を席巻してました。
暴走族という名の、集団。
それだけではありません。
とにかく、管理社会であるこの国の象徴でしょう。
そんな中、国産バイクに乗り、その良さも解っているんですが、再びバイクを選び始めるとほぼ全く手を出そうとは思いませんでした。
(選考の中にはありましたが)

その反面、BMWあるいは、ハーレーの魅力はたっぷりと感じていました。

またまた余談

なぜBMWであって、ハーレーではないのか

バイクに乗るには、基本として「ニーグリップ」という行為が大切と言われます。
この動作が、ハーレーに乗ると私には取りにくいことが原因です。
アメリカ好きな私には、ハーレーがあこがれなんですけどね。

でも、反面、ドイツもアメリカと同じくらい好きです。
まだ一回も行ったことはありませんが。

そんな訳で、相棒も2代目をむかえた「初めての北紀行」でした。
それがどんなものだったのか。

個人の偏見と自分のものかわいさ満載ですので、どうぞお気になさらないで下さい。

結論

「これにして良かった」

この言葉以外ありません。

なぜ?

とにかく、止まりたくない、バイクから降りたくない。

この年で、一般道を500kmほど走っても、まだ走りたい・・・
この感覚は、半端なバイクでは出てこないでしょう。

それが、「疲れにくい」からです。

じゃ、車にすればって?

検討範囲以外です。

北海道の道は、大好きです。
50km(マイル?)に、オートクルーズをセットしておけば、私は座りながらバランスを取るだけで良いんです。
これで疲れるはずがありません。

バイクのスクリーンと私の間にたまに蝶らしきものが、漂っていました。
それも、50kmとか、スピードが出て走っている時です。
いかに、風の抵抗がすくないか・・・
これが、疲れのすくない原因です。
風の抵抗が少ないんです。
初代より、今の相棒はさらに抵抗が少ないです。

それじゃおもしろくないと言う人もいるでしょう。
そういう人は他人、私はこれが良いんです。

風に当たりたくなったら、スクリーンを下げれば良いだけですから。

初代と今の相棒は、発売年式で7年の差があります。
その7年の間、技術の進歩は大きいですね。

オートクルーズはもちろん
サスペンションを運転しながらでも変更でき
転倒防止のために、タイヤの回転速度を監視したり
スクリーンを走行中でも、適度な場所に動かせたり



それなりに値段もしますが。

こんな状況では、ツーリングが終わるって事が信じられません。

もう、また、行きたくなっています。

渋滞のない世界へ。
快適な道路がたくさんある北海道へ


自己満足な文章をここまで読んでくれました方、いらっしゃいましたら感謝します。
ありがとうございます。

とりあえず終わり

北紀行その7

滝のうえでお会いした人と、
富良野でエンジンなしのバイクレースにでた、私より高齢の関西のサイクリストと楽しい夕食を早めにとったので、起床は早かったです。
おかげさまで、今日の行動にも余裕がもてます。
まず、道道70、759という富良野市街をパスする道路で朝マックするために移動です。
この道路もまた大好きな道路です。
なんとかかんとかラベンダー農園の影響で、国道が大渋滞しているときも、していないときも、この道路を利用します。
あるいは、この道路と国道をはさんで反対側の道道298もたまに使います。

朝マック終了後は・・・もちろんコーヒーも確保・・・旭川に向かいます。
途中、就実の丘という、北海道ではあちこちにある、アップダウンの風景。
旅行者にとっては、めずらしい風景・・・を求めて、旭川空港付近。
今回ここは訪れる予定はありませんでしたので、ナビにデータをセットしませんでしたが、記憶を頼りにたどり着きました。

さて、旭川に向け出発ですが、ここでもやはり道道37を選択。
札幌、旭川などと大都市には近づかない私ですが、エンジンオイルの交換のために旭川に向かいます。
向かう先は、BMWのディーラーです。
このディーラーは、ツーリングの際にしか寄りませんが、本当に親切です。
年に一回だけ、お世話になっています。

エンジンオイル交換後は、今回のツーリングも今日が最後のため、明日の小樽からのフェリーに備え札幌に向かいました。
宿泊先は、地下駐車場があるホテルです。
早くネットから予約すれば、4、000円でおつりが来ます。
それより、大事なバイクを地下駐車場に保管できるありがたさが、上回ります。
中島公園の近くにありますので、繁華街へのアクセスも便利です。

ということで、北紀行・・・は終わりです。
終わってしまいました。

まだ明日、札幌から、小樽までが残っていますが、この区間は、阿寒湖周辺を嫌いだけど、その意味と少し違う、すきでない理由のために、高速道路でワープします。

あとは、フェリー内で「北海道限定サッポロクラシック」の飲むだけです。

ガジェット


注文から家に届くまでの間、約1カ月。

それほど人気があるらしいです。
こんなものを使い始めました。

  リンク先 は ここ です。

北紀行その6


斜里町の
朝の天候は曇りでした。
周囲を見渡しても、どこも、バンクも、えーゆーも、雲だらけ。
それでも、雨には遭わないという「変な確信」を抱きつつ、出発です。

今日は、富良野まで移動します。
今日も相棒はすこぶる快調です。
R334も、快適です。
なだらかな丘を貫く道路で、最初の通過点、びほろを通り過ぎ・・・
このあたりでは、あるいはこれから雨に遭いそうだななんて感じを持っていました。
それなりの覚悟はしていましたが、結論から言えば、今日も雨に遭わずにすみました。

びほろからは、R240で津別を目指します。
この付近には有名な「美幌峠」があり、そこから見る屈斜路湖は有名です。
が、
何人かの人は、「津別峠」からの屈斜路湖風景の方が勝っているとも言います。
私も一度アタックしましたが、あいにくと霧で見えませんでしたから、なんとも言えません。

津別の少し先から、道道51号になります。
この道路もまた好きです。

今日のこのコースは、遠回りになりますが、

「大嫌いな阿寒湖」をさけていますし、

それ以前に、単純に、この二つの道路を比較した場合、甲乙つける以前に、道道を選びます。

阿寒湖を嫌いな理由

過去、阿寒湖で写真を撮ろうとしたときに、バイクでも駐車料金を請求されたから。
単純な理由ですが、まさに嫌いになるのに「大きな原因なんてそれほどないでしょう」

将来にわたって、北海道にあと何回いけるか不明ですが、「二度と訪れるつもりのない阿寒湖」です。

現地の方が、私のブログを読むなんて事はあり得ませんが、模試読むことがあったら、地域の人たちと話し合いをしてほしいですね。

くだらない話題は止めましょう。

津別の先には、陸別があります。
ここの冬の寒さは北海道でも際立っているそうです。
そして、このキャンプ場近くには天文台もありますので、いつかはキャンプしたい箇所です。

この経路は実に快適です。
快適すぎて、あっという間に足寄に着いてしまいます。
足寄といえば、彼ですね。
道の駅に彼のコーナーもありますし、最初にここを訪れたときには彼の家を探しました。

足寄からは、十勝の「うしさんのすみか」にお邪魔します。
R241、R274をのんびりと走ります。

ときおり、たくさんいる牛さんのなかでも、一頭か二頭がこちらを見ます。
その他の牛さんは、バイクなどきにしていませんが、たくさんいる牛さんの中にも、バイクの好きな牛さんがいるらしいです。

本当かね?

ここまでくれば、あとはR38で富良野に向かうのみです。
二桁国道も、R38はよく走るし、好きな道路です。
楽しませてくれます。

南富良野、富良野。と進んでいきます。
一人で遊んでいる言い訳として、家に「メロン」を送ります。

そして、今夜の宿ですが、
十勝岳の中腹にあるキャンプ場は、朝方の気温が8度くらいだそうです。
したがいまして、町中にあるキャンプ場にしました。

このキャンプ場は芝がきれいです。
そして、テントをはったお隣さんは、なんと滝のうえでお会いした人でした。



北紀行その5


宗谷までの予定した経路を走破したあとは、どうしましょう。
空を見上げると、どの方向も同じような曇り空です。
もっとも、まだ朝5時です。
ここ数日、9時頃になると、青空が顔を見せてくれていますので、どの方向に向かってもそうであることを望みながら、バイクを進めることにしましょう。
ということで、
ユニクロでスエットを購入し、快適な夜を過ごした美深のキャンプ場を後にします。
まずは、名寄を経由して、4輪の少ないであろうR239で、西興部に向かいます。
その後、道道137を使って、道の駅滝のうえで、数年前にピザをごちそうしてくれたお店を訪れることにします。

昨日までのオロロンラインも快適でしたが、今日の道路もまた快適すぎます。
何が快適なのかってことですが・・・

すべてが快適なんです。
このあたりは、富士山麓の樹海を走る道路と似ているかもしれません。
適度なアップダウンと適度なコーナーと。
そして何より、他車がいないことが最高です。たまにすれ違っても、数分に一度か、あるいは道路によっては、何キロも出会わないことが多いです。
これがあるから、ライダー(私)は北を目指します。

行動が早かったため、道の駅もまだ開店していません。
スタンプが用意されていないので、押すこともできない、スタンプラリーに参加している人も数人見えます。
私は係の人みたいな方に確認をとり、携帯、スマホの充電をさせてもらいました。

ピザのお店は本業が多忙なため、閉店したそうです。
残念です。

空も晴れ間が増えてきました。
私の進む、次の道路を探しましょう。
数年前に通った、滝のうえから遠軽までの道道137は、また不通になっています。
この道路は、工事が困難であったために、長い期間を要したらしいですが、開通後も安定した状況ではなさそうです。

そうなると遠回りになりますが、R273で上川町に向かい、好きなR333を堪能しましょう。
このR333は、高速道路が併走しているために、一般道を走る車は少ないです。
そして、この道路は、アメリカのユタ州のTU12、UT24とにているところが好きです。

今日も、もう100km以上走っていますが、時間はまだ10時にもなっていません。
キャンプの利点でもあります。
そして、今日はこれから、斜里の街を経由して、知床横断道路に向かう予定にしましたので、この場所でこの時間は十分な余裕を感じます。

時間と距離は、それなりに比例して進みます。
北海道では1kmを1分で計算すると、ちょうど良い結果になります。
バイクコンソールのデータもほぼそれを表示しています。

快調であること以外表すことがないくらいでしたが、オホーツク海が見える頃になると ー 場所は原生花園付近ですが ー 沢山の人がカメラを抱え、これから来るであろう汽車をまっています。
その影響で、反対側は車の量が多くなっています。

人が集まらない
人が来てくれない

などと、良く聞きますが、「人を集める施策が十分でないことを理解しているのでしょうか」と、仕事がらみのことも頭をよぎりましたが、

人を集める要素を考えないで、来てくれないと叫ぶ人にアドバイスしたい気分です。

斜里の街を経由し、いつもの、道路が直線に空に伸びる景色を見てから、知床に向かいました。
R334、この道路も、年々整備されています。
快適な路面です。
そして左側には、オホーツク。
冬には、このあたりは流氷でまっしろになるんでしょうね。

道路が快適になると、スピードもあがります。
そうなると、しろくろぱんださんが、たまに顔をみせるんでしょうけど、今回この道路では一度も観ることはありませんでした。
そして、速度が上がると、走行時間も少なくなり、あっというまにうとろに到着です。
道の駅で、一休み後、本日のイベント。「知床横断道路」です。

この道路は20数年前に開通した年に、四輪でとおりました。
まだ舗装などされていず、雨降り後でしたので、荒波に乗りだした船みたいな揺れのなか、横断したことを思い出します。

知床横断道路での思いは、もう一つ。
知床峠の駐車場で、パンクを発見したことです。
あのときは、まだツーリングも初心者の域を出ていない頃でしたので、途方に暮れたこともありました。

経験を積むと、小さなトラブルはトラブルでなくなります。
ここ、知床、斜里では、北海道のなかでももっとも、プチトラブルが多い箇所かもしれません。
今日もあと、100km。
R335、R244を気をつけながら走りましょう。

といいながら、R244は貸し切り状態です。
快適にライディングを楽しんだことは言うまでもありません。






北紀行その4


ベースキャンプでの一夜は、非常に波瀾万丈でした。
なんて、大げさですが、寒さで夜中に起こされました。
数年前と同じ感じです。
そこで、寒さ対策用の荷物を忘れたことが後悔されます。

気を取り直して、今日は目的地である宗谷を目指します。
再度霧立ち国道を走り、羽幌、天塩をオロロンラインで通過します。
行く先の空は、青空が見えます。
風はそれほどありません。
ツーリングには最高の環境です。
「てるてるぼうず」さまに、感謝です。

今回は、キャンプでしたので、ノシャップのいつもの民宿は素通りになります。
なにか申し訳ない気もしないでもありません。
そして、昼食はノシャップ岬にある、利尻島がよく見えるレストランで、海鮮料理でも・・・と思っていたんですが、休業中でした。
どんな理由でしょうか。

そこで稚内駅の最北端線路を見る時に食事をしたのが、頑固親父っぽいおやじが作る塩ラーメンでした。

食後は、最北端のマックでコーヒー調達です。

ところが
今日みた、最北端の女性はどの方もみな、きれいな方ばかりでした。
スタイルも良いし、美形だし・・・と言うことありません。
などといっても、私にはなんの権利もありません。
ただ単の一見さんです。
北海道の、いままではサッポロの女性のスタイルの良さは際立っていたようなかんじですが、稚内でもそうですか・・・

まさか、あまり人に会っていないから、私の感覚がずれている?なんてことは?

さて、宗谷岬ですが、停車時間、デジカメのシャッターを押した時間のみ。
ことしはサハリンの島影は見えませんでした。
ここも、すでに何回か訪れているのでそれほどまじまじを見ることもナシ。
それより、走ろうって事になります。

途中のさるふつ公園では、今日は風がそれほど強くありません。
このくらいなら、点とも大丈夫かなと思う感じです。

次は、ライダーには昔から定番の「エサヌカ線」です。
見事な晴れ間でした。
写メの通りです。
感激です。
前回はここは、曇が多かったような記憶がありますので、余計感慨深いです。

そして、クッチャロ湖畔を走り、R275は快調に、ベースキャンプ向けです。
音威子府を過ぎ、二桁国道になりましたので、それでも車が増えました。

美深を通り過ぎ、名寄のユニクロにスエットを買いに行きましたとさ。

北紀行その3


とほ宿で朝食をいただいたあと、すでにパッキングは終了していますので、再開を約束し、出発します。
ここからのルートは定番中の定番です。
が、今回は、苫前の手前でR239 霧立ち国道に入ります。
この国道は、高速コーナーが連続して、ライダーにとっては本当に楽しめる道路です。
途中、霧立亭というおそばやさんにより、昼食。
ここを通るときには、定番中の定番。
蕎麦の実てんぷらがついたざるそばを頼みます。

食事後は、朱鞠内湖畔を走りぬけ、美深のベースキャンプ地に向かいます。

朱鞠内湖畔にも、良さそうなキャンプ地がありますが、あるいわくがつきまとっているために、ここでキャンプしたことはありません。

ベースキャンプ地には、2泊の予定です。
200円/日ですから、ジュースみたいなものですね。
おまけに、温泉とそのレストランが併設されているために・・・
いや、温泉とそのレストランにキャンプ地が併設されているために、なんちゃってキャンパーの私には好都合です。
けど、芝生はあまり良くありません。
そして、休祭日が絡むと、ジモティーが、大勢バーベキューをしに来るので、覚悟が必要な時もあります。

温泉に入って、食事して、寝るのはテント。
なんて風情なんでしょう。

ちょっと戻りましょう


本州をなぜ走ったか?

平日の高速代金って、ばかになりません。
その料金より、ビジホ代の方が安いくらいです。

ということで

かねてからの念願でありました「笹川流れ」を目的としました。

ということで、家を出て2日目は、新潟から青森まで。
450kmありました。
R7は、自家用車、バス、トラックがたくさん走行していましたが、R101に入ることにはこれまた、走りを堪能出来ました。

が、なんでこんなところに、こんなに立派な道路があるんだろうって、思いました。

いろんな関係があるんでしょうね・・・

北紀行その2

北紀行その2

私のブログがそれほど、みなさんの参考になるとは思っていませんが、記録という面も含めて。


函館 ー 亀田半島 一周

大沼などをぐるっと一周して、亀田半島の観光です。
ここでのトピックは、いつかだれかのブログで見た、道の駅「なとわ・えさん」の食事です。
すでにブログに載せていますが「ねほっけ定食」という名の定食でした。
最初、メニューを見たときには、なんのことか解りませんでしたので聞いたところ、付近の海に寝付いている「ほっけ」定食でした。
これが、写メを見ていただくと解ると思いますが、すごかったです。
良い意味でのすごかった定食の一つです。

今回なぜこの半島をぐるっと一周したのか。
フェリーでの睡眠不足による、危険運転の防止です。
幸い、函館には、ガレージ付きの素泊まりが定宿としてありますので、そして、北海道に渡ってすぐに、サッポロクラシックを飲みたかったからです。
函館には有名な朝市があいますので、ビールを飲みながら、さしみを食べるくらいな事は簡単だろうと思っていましたが、朝市の名のとおり朝だけしか開店していなくて、食事するところもあるんですが、サッポロクラシックがおいてなかったりして、そして食べようとしたラーメンも食べることは出来ませんでした。



翌朝は、函館で朝マックとコーヒーの調達です。
函館だから、朝こそ朝市に行けば良いのですが、行かないのには理由があります。

走り・・・ですが、
準備でき次第、定番の日本海側を楽しむ・・・楽しみました。です。
このルートは、何回走っても、私にとっては「飽きないシーン」です。

函館、石狩間は、約450km位走りました。
楽しかったことは言うまでもないですが、この時点では、左側に日本海。
右側には山々がそびえ、山頂にはいかにも「雨」という雲がかかっています。
幸い海沿いの道路付近には、雨は降ってきていません。

定番のお昼ですが、瀬棚という所にある「漁師の直売所」です。
一年に1回ですが、どうも覚えていてくれている様子。
ここの(個々ばかりでないですが)魚が旨いです。
旨い魚のあとの「コーヒー」は言うまでもなく。
このために、マックでコーヒーを調達しているんです。
ここに寄るために、朝市で食事を摂らないことにしています。

この後、島牧、積丹と日本海側を走り抜け、石狩の「とほ宿」あんぷらぐに向かいます。


私の場合、
イベントが何もないと、疲れるまで走る・・・ので、今回は道の駅のスタンプを押すことにしました。
そういえば、道の駅、松前から旭川ナンバーのバイクと抜きつ抜かれつです。
彼も、道の駅スタンプをゲットしていました。
彼とは、オスコイ!かもえないまでのツーリングでした。

道の駅てっくいランド大成に寄ったところ、そこのおばさんが貴重な情報を教えてくれました。
北海道最西端の尾花岬というところは、今までは行くことはできましたが、引き返さなければいけませんでした。
従いまして、いままで敬遠していたんですが、ここが開通した床のことでした。

ライダーというか
私は、最先端とか、最北端なんてことばに弱いですから、すぐさま、行ったことは否定できませんが、この道路の開通により、函館から、宗谷までほぼ完全に海沿いを走れます。


北海道の原発の脇を通り抜け、積丹半島をまわり、次は余市というところで、雨に遭います。
先ほどから見えていた黒い雲の正体はこれだったんですね。
覚悟の上ですから、文句も言えません。

ですが、さらに、専攻する車がゆっくりすぎるではありませんか。
アップダウンする道路からは、先頭の車の天井に赤いランプが見えます。
そうです、「雨中のパレードです」
公務員の車を先頭にして。
私にとっては、スピードを出さなくてすみますから、幸いしました。

このパレードも小樽に入るとなくなり、
それと当時に雨も上がりました。

小樽ー札幌間のR5は、好きでない道路の一つですから、高速でワープしました。

とほ宿では、1年ぶりの訪問を快く迎えてくれました。
そして、ここでやっと「サッポロクラシック(北海道限定ビール)」を堪能出来ました。

Appendix

プロフィール

 ぶぶん 

Author: ぶぶん 
ここに来てくれてありがとうございます。

ここには、私が日々感じたこと、考えていること、読んだ本、観たスポーツ、そして旅行などについて、まさに個人的なことをいろいろ書いています。
内容によっては、皆さんにとって、好ましくないことを書くかも知れません。
まぁそんなときには、どこかのアフォーが、何か言ってるぞ位に、やり過ごしてください。
では、いろいろおつきあいのほど、よろしくお願いします。

私にメールなんて、人もいないでしょけど、連絡先としてアドレスを書いておきます。
スパム防止のため、@ を 日本 に代えてます。
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